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こころの持ちようさ
JAGATARAは暗黒大陸じゃがたらのころからなぜか好きだった。
きっかけはたぶん82年、大学に入学した年の学祭の前夜祭の野外ライヴで見たのははじまりだったと思う。音楽のことは覚えていないけれど、ゲストで出てきた町田町蔵が(酒だか他の何かだかで)べろんべろんだったのは覚えている。渋谷陽一のFM放送「サウンドストリート」でスタジオライヴがオンエアされたのもこの頃だったと思う。このときの放送の編集をめぐって渋谷陽一(ロッキング・オン)対中村とうよう(ミュージックマガジン)の間で場外乱闘が起こったことなど当時はぜんぜん知らなかった。ファーストアルバムの「南蛮渡来」はどこで買ったのだろう、当時自主制作のLPの入手できるレコード店はかなり限られていたはずだが、さっぱり覚えていない。
ただ、それまで触れたことのないアンダーグラウンドな空気感、いかがわしさ、ヤバさいったものに、エアチェックマニアのロックおたく(当時「おたく」という言葉はまだ存在していなかったが)のお坊ちゃんは一も二もなく参ってしまっていたのだ。
その翌年、それまで行ったこともないライヴハウスにいきなり単独のライヴをに見に行ったくらいだから、よほど気に入ったのだと思う。じゃがたらはその大阪公演の直後の京都で、中心人物のヴォーカリスト江戸アケミ(女性のような名前だが立派なおっさんである)が精神に変調を来たし、一時活動を中止することになる。
87年にJAGATARAとして活動を再開した彼らの最初のアルバムがこのアルバムだ。4曲の長い曲が収められた八木康夫氏のポップなイラストのジャケット(色違いで4色のパターンがあった)のこのアルバムを、僕は三条新京極下るの詩の小路ビルにあった優里奈レコードで買った。暗黒大陸時代の混沌から比べるとはかなり音は整理されている。洒落た真っ赤な衣装をそろえてTVに登場した彼らを見て仰天した覚えもある。しかし、ギターのOTOを中心に作られたそのファンクサウンドはひたすらかっこよかったし、何より中心となるアケミの歌はあいかわらずいかがわしく、そしてオシャレに消費されるには圧倒的にダサかった。
のちのアルバムと比べてもポップな印象を受けるこのアルバムのサウンドは、おそらくまだアケミが本調子でなかったことにも理由はあるのだろう。現にCD化される際にボーカルが一部差し替えられたりしている。でも、何よりバンドに一番勢いのあった時期のアルバムだと思う。
4曲の最後に収められた最後の曲がゆるやかなレゲエの曲で、これもちょっとビックリさせられた。けれど、このアルバムを聞いてから「南蛮渡来」を聞きなおして、実は本質的に彼らは変わっていないということに気づかされることになる。ちょっと屈折して見えるけれど、実はまっすぐなポジティヴヴァイブレーション。そんな彼らにこのレゲエの曲はふさわしい。

ちょっとの搾取ならば がまんできる
ちょっとの搾取ならば 誰だってそりゃがまんできるさ
それがちょっとの搾取ならば

心の持ちようさ

しかしこの歌のタイトルは「もうがまんできない」という。
この強烈な皮肉もカッコいい。



本屋で「月刊仲村みう」を立ち読みする。写真も素敵だが、インタビューを読んでその波乱万丈ぶりに唖然とする。カッコいいぜ、ちょっとファンになったぞ。
(amazonのカスタマーレビューじゃあんまり写真の評判よくないのね、ふーん)
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テーマ:CDレビュー - ジャンル:音楽

【2009/05/01 02:01】 | 今日の1枚 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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