栄華の日々
太秦紀行の続きです。

せっかく太秦に来たからと、雨のそぼ降る中近所の撮影所めぐりをしてみました。嵐電の太秦広隆寺から帷子の辻までの間の商店街は今でも「大映通り」と呼ばれています。今は何の変哲もない商店街ですが、往時はたくさんの人々であふれていたんだろうな。
商店街の脇に小さなお稲荷様の社がありました。当時は映画関係者がお参りしたんでしょうね、玉垣には入江たか子とか伴淳三郎など映画関係者の名前も見えます。境内には日本映画の父マキノ省三の顕彰碑もあります。あとで調べたらこの三吉稲荷、一面の竹薮を切り開いて大映撮影所の前身の日活太秦撮影所を造成する際に犠牲になった小動物たちを祭るために近所にあった2つの祠を合祀したものだとか。
三吉稲荷

71年の大映倒産後も貸しスタジオとして規模を縮小しながら存続していた広大な大映京都撮影所は1986年に完全に閉鎖され、いまはマンションの入口脇に小さな石碑を残すのみです。
大映京都撮影所跡
実は私が以前に一度だけ嵐電に乗ったのは1985年の5月のことで、大映撮影所に行くためでした。当時日本でも多少人気のあったドイツのインダストリアル・ノイズ・ロックバンド、アインシュトゥルツェンデ・ノイバウテンがここで来日コンサートを行ったのです。ガランとしたスタジオの片側にステージが組まれ、背後から巨大な大魔神の張りぼてが睨みを利かせていたことが印象に残っています。コンサートの主催はのちにスマッシュ・ウェストになるスタックオリエンテーションで、外タレのライヴをオールスタンディングで行ったのは当時としては画期的なことだったと思います。ちなみにここでは翌年(閉鎖される年ですね)同じスタックの招聘でサイキックTVのコンサートもおこなわれています。このツアーの東京公演で前座をつとめる予定だったハナタラシの山塚アイが爆弾を持ち込もうとしてスタッフに取り押さえられたという話は、また別の話ですね。

松竹京都撮影所
松竹の撮影所はまだ健在のようです。映像学部を新設した立命館大学に提携してさまざまな映像関係実習を行うようです。一部かなり今風に改築されていました。

嵐電の北野線で北野白梅町へ、北野天満宮で受験生の合格祈願。見頃はまだまだですが、そろそろ梅の花もちらほら。寒いながらも春は近づいているみたいです。そういえば鼻が少々むずむず…。
白梅
上七軒の上品な町並みを散策しながら千本まで歩き、バスで四条河原町に出て高島屋のアンリ・シャルパンティエでケーキ買って帰りました。
四条河原町のブック・ファーストで店員さんの作成した「洛中森見MAP」をゲット。
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【2009/02/04 00:54】 | 日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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