エル・スール/ミツバチのささやき
千里セルシーシアターで、ビクトル・エリセ監督の「エル・スール」と「ミツバチのささやき」を観た。どちらもおそらく80年代に日本ではじめて公開されたときに観て以来の再見だ
。「エル・スール」はTVで観たような覚えもあるな。
先に見た「エル・スール」が本当に素晴らしかった。

自然光を巧みに使った映像の素晴らしさはよく言われることだが、今回あらためて凄いなと思ったのは、音の使い方だ。
開巻のシークエンスはたいへん印象深く覚えていたとおりのものだった。ただの黒味バックのオープニングタイトルかと思っていると、徐々に画面右の窓から朝の光が差し込んできて、主人公の少女の部屋を少しずつ映し出していく。画面の外側から、母親があわただしく電話をかけたり「アウグスティン!」と夫の名前を呼んでいる声、犬の咆えまわる声が聞こえてただならぬ事態を推測させる。少女の晴れ舞台である初聖体拝領の日の朝から父親が外で撃つライフルの音、娘の寝ている部屋の外で交わされる父と母の諍いのやりとり、家出した父親がホテルで眠り込んでいる間に出発してしまう列車の音など、画面の外部からの音が常に重要な役割を果たしている。両親への子供らしい抗議の意を込めてベッドの下に身を潜めている娘の頭上で、屋根裏部屋から、いないと思っていた父親がステッキで床を突く音が響く。
不思議なのは、この間に娘が父親の隠された過去の一端を垣間見る、映画館のシーンだ。ある夕暮れ、娘は町の映画館の外に父親のバイクを見つけ、密かに映画館の外で父が出てくるのを待っている。そこでは父親が何度も名前を書き付けていた知らない女性の出演する映画が上映されいる。本来ここに聞こえるはずのないハミングが、画面の向こうから映画館の外観のショットにかぶさって流れる。映画館の中では父親がモノクロの映画の中で「ブルー・ムーン」をハミングする女性を見つめている。
このような画面の外の音が大きなクライマックスをもたらすのは、終盤のホテルの食堂での父娘の食事のシーンだ。子供時代の幸福な関係はすでに失われ、寒々とした空気の流れる通い合わない会話を終え娘が席を立とうとしたときに、となりの宴会場からあの幸福な思い出である初聖体拝領の日にふたりで踊った曲が流れてくる。立ち去りがけに娘がカーテン越しに覗くとカメラは頭上に大きく移動して音楽が奏でられている華やかな結婚式の様子を映し出す。画面の外にあった音楽は画面の中のものとなり、われわれ観客の心の中にも大きなうねりをもたらすこととなる。
正直なところ日本公開時に観た時には「エル・スール」には「ミツバチのささやき」ほどノレていなかった。後半の父親と娘の関係の変化があまりよくわかっていなかったのだと思う。考えてみたら最初にこの映画を観てから25年も経つわけだから、当時見えていなかったこともわかるようになるんだな。「南」におきざりにしてきたものを取り戻すことは適わず、自らの招いた事態とはいえ、過去をあきらめたふりをして過ごす現在の生活にも居場所を失っている父親の絶望感の深さには胸をかきむしられる。
ペシミスティックなストーリーだけど、父の形見を旅行かばんに入れ、「南」に発つ娘の期待に満ちたモノローグに、何処からともなくかすかに美しいピアノの調べが流れるラストシーンの、ほのかな希望にほっとさせられる。

「ミツバチのささやき」も良かったのだけど、「エル・スール」の印象が強すぎてかすんでしまった。並べてみると「エル・スール」の方がかなり洗練されているように思う。
当時主演のアナ・トレントの演技がたいへん話題になったけれど、お姉ちゃんのイザベルもなかなか良い。ちょっと意地悪な表情とか、心配そうに妹の様子をうかがう表情とか。
そして音についてはこちらも繊細に計算された印象的な使い方をされていた。父親の懐中時計から不意に流れ出すメロディやらミツバチの羽音、公会堂の外に漏れ聞こえる「フランケンシュタイン」のサウンドトラック、そしてまたしても汽車の音、銃声…。
さまよい歩くアナが森の奥のせせらぎの音だけが静かに聞こえる川辺で出会うエピファニーの瞬間。ラストの月の光に照らされたアナの表情にかぶさる姉イザベルのささやき声と汽車の音。
相米慎二の「お引越し」と2本立てにして見比べたらどうだろうな、と思った。

この映画のような、音と光が繊細に組み合わされ、はっとするような感動を生み出す本来の意味でのスペクタルは、やはり劇場で体験するべきだと思う。
今回の上映は千里セルシーシアターの40周年記念の上映だった。入れ替えありだけど、2本続けてみる場合は2本で1800円で見れるという特別料金設定。セルシーシアターは実家からも今の家からもいちばん近い映画館で、千里中央は子供のころからしょっちゅううろついているにもかかわらず、いままでほとんど入ったことはなかった。たしかついこないだまで二番館として梅田とかでやっている封切の作品を1ヶ月くらいしてからかけていたと思う。ところが映画興行の主流がシネコンになって、封切館も二番館も名画座もなんだかわからなくなり、さらに急激なデジタル化の進行の中で、いつの間にか独自のミニシアター路線を選ぶ道を選んでいたようだ。応援したい。豊中市でたったひとつの映画館なんだし。

エル・スール(原題:El Sur
(1983年スペイン・フランス合作/95分/イーストマンカラー/ヴィスタ)
ミツバチのささやき(原題:El Espiritu De La Colmena
(1973年スペイン映画/99分/イーストマンカラー/ヴィスタ)
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テーマ:映画レビュー - ジャンル:映画

【2012/11/18 00:25】 | 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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